(字幕・朗読)
ブログ動画「心について」約12分
【題名】
心について
【項目】
1.心とは
2.クオリア
3.心が見えるなら
4.心の善悪
5.心が強い心が弱いとは
6.科学は一本の木である
7.心の声
【本文】
1.心とは
心は慣用句やことわざで数多く触れている言葉でもあり
そこから心について伺い知る事が出来る
心は時に感情を指し、時に思考を指し、時に精神を指す
それら全てが心を構成している
心はいくつもの要素を持つがゆえに複雑である
それらの要素を総称して心と呼ぶのである
一人の心を肉体で例えるなら心は1つの臓器では無く複数の臓器で出来ていると言える
そしてその臓器と臓器の間で情報交換するネットワーク物質も心を構成しているものになる
2.クオリア
さらに言えばクオリアについても心の要素の一つと言える
クオリアとは視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚など五感と呼ばれる感覚が一般的に知られているが簡単に言えば自分の感覚「感じ」のことである
自分には自分の「感じ」があるように他人には他人の「感じ」がある
自分を主体とした感覚的な意識や経験のことである「感覚質」の事をクオリアと言う
例えば、
「疲れた体で温泉に入った時のあの癒される感じ」であったり
「草の上に寝転がった時のあの香り」であったり
「片目で見た時と両眼で見た時の見え方が違うあの感覚」であったり
こういう感覚的な捉え方の事である
同じ条件であればあるいは同じものを見ればあたかも自分の感覚は
他人も同じような感覚であると思いがちだが
実際には自分と他人では感じ方に違いがある
その人が主体として感じる感覚、これまでの蓄積された感覚的な意識や
経験を持っている
「あの時のあの感覚あの感じ」と言ったようにその時々の意識や経験が記憶として残っている場合もある
自分自身であっても「草の上に寝転がった時のあの香り」が
芝生を思い浮かべた時とクローバーを思い浮かべた時では
「あの時の香り」は違ってくる
何を連想するかはその人の持つ経験から導かれる
そのようなクオリアも心の要素である
3.心が見えるなら
心が見えるとすればどのようなものだろうか
そもそも心に形があったのか
形があるのなら心は見えるのだろうか?
心は人間の肉体が滅んだ時点では既に目に見える原形は失われている
生きている人間で言えばこれまで話した通りならば例えば
人間の肉体で言うと心は広範囲にわたり一部の臓器を表していない事になる
あえて人間の肉体で心を例えるならば心は体内を循環する血液に例える事が出来る
動脈と静脈、毛細血管に至るまでが心の範囲を表している
あるいは大都市の夜景を思い浮かべると想像しやすいかもしれない
心を大都市に流れる電力に例える事が出来る
夜ならば照明の光が最も分かり易いかもしれないが電線内を流れる電力も含めて心に例える事が出来る
その一連の電力の流れでいかに心の活動が活発か想像できるだろう
人間の肉体の血液を心に例えたり大都市の電力を心に例えたりしたがこれは一人の人間の心を表してはいない
地球上の全人類生きている人間の心を表している
4.心の善悪
人は良い感情の事を指して良い心と言ったり悪しき感情の事を指して悪い心と言ったりする
あるいは良い思考の事を指して良い心と言ったり悪しき思考の事を指して悪い心と言ったりもする
しかし心が善と悪しかないという意味では無い
心はコインのように表と裏で出来ているのではない
感情だけ見ても喜怒哀楽以外にも切ない感情であったり愛おしいという感情など様々な感情が沸き上がる
愛しているけれども同時に憎らしいという一見相反する感情が湧く時もある
善い考えも悪い考えも同時に頭を駆け巡り心の中で善悪が葛藤しているように思える時もある
同じことを考えてもいつも同じ答えが出るわけでは無い
様々なものを心として表し複合的であるが為に心も様変わりしていくそしてその心を読み解くことは自分の心でさえ困難である
5.心が強い心が弱いとは
心が強いとは例えば信念であれば貫ける人の心は強いと言える
ある意味自分の持つ価値観信念思考気持ち倫理観意志など何があったとしても変わらない心を言う
他人の意見に対し自分で考えること無く従ってしまうことは素直さではない
自分の欠点を素直に認めることを「心が強い」とは言わない
素直さを持つから心が強いとは言わないのである
心が弱いとは自分の価値観があっても周囲の考えと違っていることを恐れて周囲の考えに合わせようと自分の価値観をすぐに変えてしまうような人の心である
心が強い人は心の病気にならないというものでは無い
心が強いと心の病気になり難いという特徴はあるがだからと言って病気にならないというものでは無い
心が弱い人は心の病気になりやすいという特徴はあるがだからと言って皆が病気になるものでは無い
しかし心が弱いから心の病気になるわけでは無いとしてもなぜ心が弱いのかは理解した方が良い
自分の心が強ければ例え死にたくなるほど傷つけられたとしても
そのように傷つける人と同じように染まる事は無い
陰口・悪口を言われる側に置かれたとしても自分は陰口・悪口を言わない
そう言う人はその部分において心が強いと言える
その部分において心が強いとは言い方を変えると
心にはいくつもの要素があり複合的であるがゆえにある事に対しては強く働きそれ以外に対しては強く働かなかったり逆にある事に対してだけは
弱く働くという場合もある
つまり全ての事に対して心を強く持てる人もいれば一部に対して心を強く持てる人もいるという事である
逆もまた然りである
良い意味として「心が強い」と捉えがちだがそうではない
怪しい宗教に心酔したり怪しい霊媒師に入れ込み周囲から否定の言葉を浴びても目を覚ますように家族から言われても聞き入れず自分が信じた道を行く人も心が強いと言えるのである
何十年も同じことを信じ続ける人を心が強いと言っているのでは無い
要するに自分が信じているものを他者によって変更しないという
その強い意志がベースにある
他人に非難されても自分の考えを曲げたり変えたりしないそういう場合も心が強いと言う
善よりも悪が多い世の中にあって悪に染まらず善い心を持ち続けるという心の強さはとても重要である
自分の持つものが善い心であるならば心を強く持った方が良い
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=長文になる為、6・7項目は省略しています=
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ご視聴ありがとうございました
作:不思議な世界のなかま
朗読:しゅ星